
あんましパリっとしない空模様だったけれど、気温はそこそこ上がってちょっと蒸し暑いです.大丈夫だろう、なんて思って外で作業をしていると、汗が吹き出る.
田植えも終わって1週間.苗を育てていた育苗箱を洗って倉庫に収納し、ビニールハウスのビニールも撤去して骨組みだけになりました.
とりあえず、春の大一番は乗り越えました.これから収穫までは、田んぼの水管理と、雑草・病害との戦いになります.
うちで育てているお米は、有機米でも完全無農薬でもないです.除草剤も使うし、農薬も使います.兼業農家であるうちにとって、とてもじゃないけれど、手間をかける余裕はないです.
もちろん美味しいお米を消費者の方々に届けたいけれど、収穫したお米のほとんどをJAに買取ってもらっているので、出荷したあと、自分のうちで生産したお米がどうなっているか?はわかんないです.
誰かの口に入っているかもしれないし、どこかの倉庫で何年も保管されて、超古米となって、胡散臭いミックスされた安いお米としてどこかのスーパーで売られているかもしれないです.
そういう状況ってすごく不自然というか、寂しい状況だよなって思っちゃうんだけど、それがずっと“普通”だったわけで、“どうしようもない”って雰囲気が漂っているのも肌で感じます.
それが悔しいんですよね.きっと私の祖父・父の世代から、一生懸命まじめにお米つくりしてきたわけで、行政が悪いとか色々言い分もあるだろうと思うけど、けど、もっと状況を良くする手段を打つことができたんじゃないのか?って、新参者の私は思ってしまいます.
もちろん、色んな方々がそれぞれの問題意識と危機意識を抱えて、手を打ってきただろうと思う.けれど、どうもその手は上手くいっていないように見える.
上手くいかなかったらいかなかったで、仕方のないことだと思います.色んな状況もあったろうし、失敗もあったろうと思う.ちっちゃな成功だってあったはず.
私がなんとなく腑に落ちていないのは、そういう取り組みのフィードバックがもっとあってもいいだろう、って思ってしまいます.
成功体験も失敗体験も蓄積されているはずなのに、それがオープンになっていないように思えてならないわけです.私が知らないだけかもしれないけどさ.
とりとめもないことダラダラと書いてしまったけれど、もう“一生懸命、正直にお米つくりやってきました”っていうのは免罪符にしちゃいかんのではないか?と思い始めてます.
んでは、自分はどうするの?ってのが課題なわけで、今年一年かけて見つけようと思ってるんだがどうだろうか.もっと目を凝らして耳を澄まして、がんばらなくっちゃー.