毎年のことなのだが、年末我が家の恒例となっているのが、何かしらの家電製品が壊れる.去年は洗濯機.
今年も例に漏れず二つほどおかしくなりましたよ.
一つが居間に置いてあるファンヒーター.これはなかなか痛い.家の外に設置されている灯油タンクと直結しているので、メンテナンスに時間がかかりそう.別のストーブで代用.
もう一つ.とうとう車が動かなくなった!ちょっと前から調子がわるいなぁ、、、と思いつつもだましだまし運転してたのだけれど、最後の最後できやがりました.
一応車屋さんに見てもらっているけれど、買ったほうがいいかも.余計なお金使いたくないのにな。。。
とりあえず走ればいいから探すことにした.
というわけで、年末年始は横浜のほうで過ごす計画を立てています.
2009年12月30日水曜日
2009年12月29日火曜日
毎年のこと
毎年のことながら、忘年会が続くこの年末のタイミングで、手帳を見ながら今年一年間を振り返って、これはわすれちゃいけない!ということと、これは忘れてもいいかな。。。ということを仕分けします.
こういう時に手帳が活躍するわけです.自分は周りから見たらそんなに書くことあるのかよ?と突っ込まれるくらい手帳を開いては何かを書いてます.
その日その日のことを編年体的に記録してても面白くなくて、その時その時の心の機微を少しでも記録できたらと思っている.心のスクリーンショットと呼んでいる.
毎日何かしら感じて、一分一秒で何らかの判断と決断をして自分は動いているわけで、その時々の選択をする際の心の動きを振り返るのは面白いものです.概ね一貫してたと思う.
というわけで、今年も忘れられないこと、忘れたくないことたくさんありました.お世話になった皆様方には心から感謝を申し上げるとともに、また来年もお世話になりますほどほどに、とお願いをせざるを得ないのであります.
こういう時に手帳が活躍するわけです.自分は周りから見たらそんなに書くことあるのかよ?と突っ込まれるくらい手帳を開いては何かを書いてます.
その日その日のことを編年体的に記録してても面白くなくて、その時その時の心の機微を少しでも記録できたらと思っている.心のスクリーンショットと呼んでいる.
毎日何かしら感じて、一分一秒で何らかの判断と決断をして自分は動いているわけで、その時々の選択をする際の心の動きを振り返るのは面白いものです.概ね一貫してたと思う.
というわけで、今年も忘れられないこと、忘れたくないことたくさんありました.お世話になった皆様方には心から感謝を申し上げるとともに、また来年もお世話になりますほどほどに、とお願いをせざるを得ないのであります.
2009年6月28日日曜日
ひとのあと
会社の先輩と車で3時間くらい.岩手県八幡平にある、松尾鉱山跡に行ってきましたよ.念願かなっての廃墟です.先輩は既に1人で数回通っているらしい.
Wikipedia:松尾鉱山
心霊スポット的みたいに、オカルト的に紹介されることも多い松尾鉱山の廃墟.実際に行ってみるとわかるのだけれど、そんな雰囲気など全然ない.
今から40年くらい前に閉山したわけで、当時ここで小学生だった人達は、多分、私の父よりも年下の人達と思われて、今でも多くの人がどこかで暮らしているはず.
かつてここで暮らしたであろう人々の生活の感じがあって、住んでいた人、去らねばならなかった人、別のどこかで暮らしているであろう人達の気配がある.
胸打つものありました.






Wikipedia:松尾鉱山
心霊スポット的みたいに、オカルト的に紹介されることも多い松尾鉱山の廃墟.実際に行ってみるとわかるのだけれど、そんな雰囲気など全然ない.
今から40年くらい前に閉山したわけで、当時ここで小学生だった人達は、多分、私の父よりも年下の人達と思われて、今でも多くの人がどこかで暮らしているはず.
かつてここで暮らしたであろう人々の生活の感じがあって、住んでいた人、去らねばならなかった人、別のどこかで暮らしているであろう人達の気配がある.
胸打つものありました.






2008年3月30日日曜日
種を捨てる
私のうちでは梅を自宅で漬けます.梅干ではなくて、カリカリ梅のような「梅漬け」.物心ついた時から食卓で見かける梅は、カリカリだったものだから、給食でやわらかい梅干が出てきた時は子供心にカルチャーショック.梅干は未だに苦手です.
その梅漬けの種なんだけれど、うちでは生ゴミとして出すのではなく、川に流す.なんでそうするのか聞いても、「梅の種は生ゴミに捨てると悪いことが起こると昔から言われてるんだ」と祖母は答えるんですね.理由はよくわかんなくて、迷信みたいなもの.
小さい頃はずっと、なんでだろう?って思っていたのだけれど、学生の頃、宮本常一の『塩の道』という本を読んで、なるほどと思ったことがありました.
今でこそ生ゴミは回収されるけれど、昔はどのうちにも生ゴミを捨て置く“こいづか”というのがあって、多分、“肥え塚”が転訛したものだと思うのだけれど、そこに生ゴミを捨ててました.
人の生命活動に塩が欠かせないのと同じように、動物も塩を欲するわけで、“こいづか”に塩気のあるものを捨てておくと、獣がよってくるんですね.『塩の道』によると、夜ご近所同士で醤油の貸し借りする時は、獣が寄ってこないよう必ず火を灯して歩いたところもあるそう.
今でこそもう絶滅したけれど、かつて日本には狼が跋扈してた時代があったわけで、塩気のあるものを家近くに捨てておくということは人の命を脅かすことに直結してた時代があって、梅漬けの種を川に流す、というのはそこの頃の生きる知恵の名残なんじゃないかなぁ、と思っています.
多分こうした先人の知恵の残滓みたいな、理由はわからないけれども行為が続けられてきたこと、はまだまだ沢山あって、続けられてきた以上、のっぴきならない事情があったはず.そうしたことにちょっとでも気が付けるようになりたいなぁ.そして出来るだけ、記録を残したいなぁ、って思うのです.
その梅漬けの種なんだけれど、うちでは生ゴミとして出すのではなく、川に流す.なんでそうするのか聞いても、「梅の種は生ゴミに捨てると悪いことが起こると昔から言われてるんだ」と祖母は答えるんですね.理由はよくわかんなくて、迷信みたいなもの.
小さい頃はずっと、なんでだろう?って思っていたのだけれど、学生の頃、宮本常一の『塩の道』という本を読んで、なるほどと思ったことがありました.
今でこそ生ゴミは回収されるけれど、昔はどのうちにも生ゴミを捨て置く“こいづか”というのがあって、多分、“肥え塚”が転訛したものだと思うのだけれど、そこに生ゴミを捨ててました.
人の生命活動に塩が欠かせないのと同じように、動物も塩を欲するわけで、“こいづか”に塩気のあるものを捨てておくと、獣がよってくるんですね.『塩の道』によると、夜ご近所同士で醤油の貸し借りする時は、獣が寄ってこないよう必ず火を灯して歩いたところもあるそう.
今でこそもう絶滅したけれど、かつて日本には狼が跋扈してた時代があったわけで、塩気のあるものを家近くに捨てておくということは人の命を脅かすことに直結してた時代があって、梅漬けの種を川に流す、というのはそこの頃の生きる知恵の名残なんじゃないかなぁ、と思っています.
多分こうした先人の知恵の残滓みたいな、理由はわからないけれども行為が続けられてきたこと、はまだまだ沢山あって、続けられてきた以上、のっぴきならない事情があったはず.そうしたことにちょっとでも気が付けるようになりたいなぁ.そして出来るだけ、記録を残したいなぁ、って思うのです.
2007年12月26日水曜日
原風景
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