2012年8月13日月曜日

帰省中です

入籍してから初の秋田帰省。長めのお盆休みをもらいました。「奥さんは一緒じゃないの?」って言われるんですけど、月末に奥さんとご両親を大曲花火大会に招待していてるのでその機会に。

今日13日はお土産を持って、近所の親戚のうちに挨拶回りしてきました。


私のお食い初めをしてくれたおばあちゃんがお休みになっている仏壇でご挨拶と結婚の報告。ついで私のうちの本家、父方の祖父の実家の仏壇にご挨拶と報告。最後は夕方に母方・父方の祖父の墓参り。

改めて自分の祖父やご先祖様をとても身近に感じているのであります。結婚してからの心の変化であろうと思います。自分が、人々の歴史に接続されたような感覚です。大切な時間を積み立てていけたらと思っています。


突然話はかわるんですけど、スリッパって左右がないじゃないですか、靴と違って。でも、履いているうちになんとなく足に馴染んできて、こっちは右足だな、間違えて履いちゃったな、とか分かるようになると思うんですよ。

で、今日、墓参りでばあちゃんちに行った時に用を足そうとトイレ用スリッパを履いたら、あれ左右違うなって思ったんですよね。昨日ばあちゃんちに行ったときは間違いなく左右がそろっていたから変化に気づく訳です。ばあちゃんは一人暮らしだし、男性用小便器を使う分けないし来客もないし。

けど、きっと誰かが使った時に左右がいれこになっちゃった。たぶん、迎え火を焚く前にじいちゃんがフライング気味に家にやってきてスリッパ使っちゃったんだね。脱いだ時にそろえなかったからいれこになっちゃった。

よくよく考えたらお盆だし当たり前のことだよね。


どうか、僕らの大切な家族が元気で生きていけますように。じいちゃんもたまには北鎌倉に遊びにきてください。

2012年7月14日土曜日

入籍しました

2012年7月7日、入籍をしました。ぱちぱち。鎌倉市役所の守衛さんが写真を撮ってくれたり、土曜窓口の市職員の方が写真を撮ってくれたり、みんなとっても優しかったです。

ちょうど5年前に出会って、途中、神奈川と秋田の遠距離恋愛が3年半くらいあって、1年前に東京に戻ってきてプロポーズして、いろいろあったけれど、ずっとこの女の子ことを好きだったんだ、とか思ったら泣けてきましたよ。


昨年、奥さん(!?)と両親と4人で秋田は大曲花火大会を見に行ったのだけど、帰り道の人ごみのなか、はぐれないよう、両親が手をつないで歩いているのを見て、あー、こんな父さんと母さんになりたいんだって思ったのであります。

奥さん(!!)のご両親もとっても素敵で優しくて、幸いなことに素敵な事例が身近にありますから、しょっちゅう喧嘩はしますけれども、仲良く、歴史を折り重ねていけたらと思っています。

2012年7月2日月曜日

両家顔合わせ

先週末、両親の顔合わせイベントがありまして、秋田から父と母が東京の方にきてくれました。互いの両親同士は初顔合わせでして、特にうちの両親はガチガチでありましたよ。

先方のお父さんとお母さんはとても優しい方だからそんなに緊張しなくてもいいよ、と何回いっても「本当にあんたでいいのかしら?」って言うものだから、もう少し自分の息子に自信もってよね、なんてプンスカしたのであります。


食事会の場所は北鎌倉にある「鉢の木」さんであります。ミシュランガイドにも載る有名なところだそうで、人もたくさんおりましたし、お食事も本当においしく感激したのであります。

仲居さんが「(予定がつまってるんで)もうお料理持ってきてよいですか?」なんて急かすのが気に入らなかったのでありますが、女の子さんのお店で眼鏡を作ったことがあるとわかってから少し物腰やわらかくなりました。

滞りなく食事会は進み、婚姻届に署名をもらい、記念品の腕時計の交換をして、鎌倉の鶴岡八幡宮に移動し家内安全の祝詞をあげてもらい、あっというまの3時間半でありましたよ。

たぶん、なんだかんだ言って私も緊張していたのでしょうか、食事会でどんな話をしたかディテイルを思い出せません。何か無礼なことはなかったかと反省しようにも思い出せないのであります。


改めて、両親に感謝した日でありました。何度も泣きそうになったし、うれしさもあるし、長男でありながら実家を飛び出してしまった少し複雑な気持ちもある。

でもきっと女の子がゆっていたように、気持ちは神奈川と秋田を行ったり来たり、それが常なる状態としてこの先も生きていくのだろうと思います。それでよしと決めたのであります。


新たな家族となる人と一緒に、長生きしたいなと思ったのでありました。

2012年6月16日土曜日

田植えをしに秋田に帰りました

昨年は 秋田→東京への引越しのタイミングということもあって田植えできなかったんですけども、仕事も落ち着いていたので土日 + 月(有給)の3日間の日程で秋田に帰りました。

金曜日の夜に夜行バスで秋田に向かい、土曜日の朝から田植え仕事を手伝うというなかなかのハードスケジュールで体はもつだろうか、なんてのは杞憂でありました。

私は主に田植機の操縦を担当したのですけれど、まっすぐ植えなくちゃ!という集中と、うっかりミスして事故でも起こしたら一大事に至る!という緊張感のおかげで朝から晩までなんとか乗り切りましたよ。


今年はお嫁さんも手伝ってくれました。育苗箱洗いという単純ながら一番腰にこたえる、と評判の仕事をやってもらいましたよ。都会育ちの婦女子ですら容赦無く労働力としてカウントされているあたりが農家の感覚でしょう。

本人も進んで仕事してくれたし、私の家族とも仲良くやってくれたし、近所の人達ともうまくやってくれたし、本当に助かったのであります。来年もこの先もお願いしやす。


田植え時期の秋田の山の緑は本当に鮮やかで美しくて、やっぱりいいところなんだよな、って思いました。自然に間借りさせてもらっている感覚が染み付いているのを感じます。

「ツカサくん(わたしの名前)が帰ってきてると聞いてもってきたよ」なんて隣のうちの母さんがワラビを持ってきてくれたり、おすそわけにいただいたアスパラが食べきれないくらい大量にあったり。

給与水準が低い、高齢者が多い、自殺者が多い、過疎化が進む、とかとかネガティブワードで語られることも多くて、経済みたいなナイフで切り取った断面を見て観測できた事実ではありましょう。

けれども、生きていくための豊かさはある、と断言できる。その土地の豊穣をちょっとだけおすそわけしてもらって美味しいお米ができるのであります。はー、はやく新米食べたい!


2012年5月30日水曜日

北鎌倉に引っ越しました

2週間ほど前に、大井町から北鎌倉に引っ越しました。結婚する女性と一緒に住むためです。7月入籍、11月結婚式の予定。7月の入籍までは広くて何もない部屋に一人で住むことになります。

 庭には竹林があって、窓をあけるといい風が通って、朝はホトトギスがぴーちくうるさくて、夜は遠くから横須賀線の音が聞こえます。五感を刺激される感じがしてとってもいいお部屋です。

人生何度目かの引越しをしたわけですが、引っ越した先のご近所の方々に初めて挨拶をしてまわりました。早速、町内会費?みたいなのも払いました。ゴミ出しがいかに大事な問題かを熱弁していただきました。ふむふむ、色々とお作法があるのですね、余計な揉め事を起こさないよう気をつけるし、私はなるべくゴミを出さない生活をしたいな、って思いましたよ。

友達がたくさん遊びに来てくれるおうちにしたいなと思います。調度品は女の子がすべて選ぶので、それに任せたいし、それのほうがきっといいお部屋になります。

大学生の頃、学校近くに借りたアパートに4年間住みました。社会人になってからは2~3年ごとに引越しをしています。北鎌倉での生活が長く続きますように。しっかり根をはって住みたいな、って思います。

2012年4月19日木曜日

リソースとか兵站とか

会社の先輩と後輩くんと三人で銀座でご飯を食べてきました。

http://r.tabelog.com/tokyo/A1302/A130202/13007586/

先輩おすすめの「飯場 銀座店」であります。串揚げがマジで美味しかった。蓮根、山芋の串揚げサイコー!とテンション上がってしまったのであります。

先輩は私の一つ上ですが、なみいるものどもを押しのけたわけでもなく、実力によって課長(いまはリーダという名前に変わりました)というポジションにまでなった方であり、現場SEとしても優秀、マネジメント職に就いたあともチームビルディングに成功しているのであります。

ご本人に言わせたらチームビルディングなんざまだまだ足りず、下からの突き上げも大変だとおっしゃっておりますが、その突き上げを引き受け、さらに上へと突きあげていくということをきっちりとされています。それが報われているかどうかはまた別として。。。


さて、その先輩とお話をしていて改めてリソース、いわゆる兵站と言っていいのでしょうか、の配分を上手くやる云々の前に、そもそも兵站がちゃんと足りているのかいないのか?という分析が大事だと思ったのであります。いまは間違い無く足りない。戦略はぼんやりとあって、それぞれの頑張りによって戦術は実行される、けど弾がない。みたいな状況であります。


特に今年度はがんばるしかないのですが、何十年か前の戦争のことを思い返してみても、気持ちだけでやっていくには限界があります。リソース配分の妙はあれども、リソース作り・確保をどうするか、一つ課題を得た思いです。

2012年4月2日月曜日

新年度がはじまりました

4月1日より会社は新年度に突入しました。人や組織が動きました。今年もがんばりたいところであります。


中途入社の私にとって、出戻りとはいえ、どんなかたちであれ目に見える“結果”が必要だったわけであります。絶対にほしいと思っていた。ラッキーパンチみたいなものだったけれど、こんだけやってね、って言われていたところは超えたので体面を保った形であります。ふー、よかったー。


私が所属する営業チームに2年目の子が参加することになりました。しっかりと伸ばしてあげたいと思うのだけれど、Facebookで「誰にも負けたくない、俺はこんなんじゃない。がんばりたい。」みたいなことをゆっておるのだが、残念ながらまっとうな努力をしている形跡が見当たらないのがさみしいところであります。がんばれよ、本当に。応援するから。


今年もよろしくお願いします。