2011年7月13日水曜日

消化しきれず

この前の日曜日、東京ビッグサイトで開催されていた東京国際ブックフェアに顔を出して、ちょこちょこと本を購入。色んな出版社が出展していて、定価の20%OFFくらいで本が買えました。Amazonの中古で買うことが多い私にとっちゃ、書籍代のコストメリットはさほど出ないのだけれど、この本こんなに重いんだー、みたいな本を手に持つ感覚はやっぱり大事だと思います。結局、震災関連の雑誌のバックナンバーとスーザン・ソンダクの本を一冊。





やはり3月11日以降の特集コーナが目立ちましたな。地震のこと、原子力のこと、東北という土地のこと、それぞれをテーマにしたコーナがあって、あーこんなにも昔から多くの人が注意を呼びかけていたのか、、、、的な気付きが多すぎる。


震災翌日から紙に手書き新聞で情報発信した石巻日日新聞、気仙沼小に避難していた小中学生が手書きしたファイト新聞のコピーが掲示してあって、その手書き文字を目で追っているだけで思わず涙が出てしまいそうになって、俺はまだまだこのことを消化しきれていないのだなぁ、と実感したのであります。消化しちゃいけないのか。一生喉元につまって飲み込めずともよいことなのだろうと思います。


地震以来、自分が思ってた以上に脆かった社会への諦めや失望みたいな感情に絡めとられています。
震災直後、「経済をまわそう!過度な自粛はやめよう!お金を使おう!」みたいな言葉が聞こえてきて、津波で亡くなられた方々やまだどこかで助けを求めているかもしれない人々のこと、誰かの命の存続のことに深く考えていたいのに、「もうお金の話をしなくちゃいけなのか。。。」みたいな。

だからこそ後悔したくないって思ったから、転職・引越し、プロポーズしたのだけれど、心には経済活動に対する残念はあって、仕事に対する距離感が今までとは違うなー、と思うのであります。


復旧・復興ももちろん大事だけれど、その復する姿はまっとうなものかどうか自信が持てなくなってるのであります。地震、自身、自信、同じ読み方だね。

2011年7月1日金曜日

続けようと言いながらも

ゆるくゆるく更新します。近況から。

引越しして、新しい職場に入って、一ヶ月が経ちました。慣れの問題は時間の問題なので心配していません。新しい街にも組織にもフィットするにはそれなりの時間と儀式が必要だと思っているので焦らずにやること。丁寧に信頼関係を作るフェーズであります。

同期の友人たちとお酒を飲みに行く機会もありまして、1対1の形式が多いです。同期との会話がめちゃくちゃ楽しい。刺激がある。くだらないことから真面目な仕事のまで、話題の拡がりがすごくて、私の頭の中の思考空間がグイグイと広げられていくような感じがします。

みんなそれなりに年を経て経験を積み、深みというか重みというか、いい感じの言葉がたくさん聞けます。ちょうど俺らってがんばる世代なんだよ。前を向いてクリエイティブに、やりたい!と思えることをやれる、もしくは、やるために邪魔な障害をどける力がついきた年頃なんだと思う。同期と面白いことやってやりたいな。

何かを売るだけじゃなくて、売れ続ける、利益が上がる、関わる人達が楽しみ続けられる、そんなサスティナブルな仕組みをつくりたいです。どうすか?ブレストから始めませんか?

2011年6月19日日曜日

弁当箱持って仕事に行きたい

秋田で会社務めをしていたときのお昼ごはんは原則お弁当。毎朝、母が用意してくれたおにぎり×2個。父、母、妹、3人分の弁当を毎日つくっている母にしてみたら、3人分も4人分も手間は一緒、というのだけれどなんとなくね。洗い物だって少ないほうがいいしさ。ご飯茶碗に納豆のネバネバを付けずに食べるのは親孝行、みたいなCMあったよね。

そこまで母親の家事負担を意識してたわけじゃないけれど、お昼食べ過ぎると眠くなってしまって午後の車の運転が怖いし、おにぎりの持ち運びやすくて荷物にならない感じが好きでした。ちょうど母親の手の大きさなんだよね、おにぎり。


東京に引っ越してきて、譲っていただけるということでまだガスコンロも冷蔵庫も自宅にはないけれど、お料理できる環境が整ったら会社に弁当を作って持って行きたいなーって思います。

節約したいのもあるし、何よりも、自分で食べたいものを自分の好きなように作って食べる、こんな幸せなことはないわ。自分ちの田んぼでとれたお米をベースにして、好きなモノを詰めるの。そこら辺で売っている650円くらいのお弁当よか全然うまい。


食べる基盤ができあがったら、暮らしている、って実感がより深まるのだろうと思います。

2011年6月16日木曜日

再開しようかと思います。

こんにちは。

秋田での生活に一旦区切りをつけて東京に戻ってきました。ただいま。久しぶりにあう友人や先輩たちはとても優しくて、やっぱり俺は素敵な人達に恵まれていたんだなと改めて感じています。

秋田で暮らしている間にブログをつけ始めたのは、昔好きだった映画をパクって。タバコ屋の主人が毎朝8時に店の前の同じ場所で写真を撮る。それをちょこっと真似てみようかと思ったのです。

映画の中のタバコ屋はブルックリンの辻角にあって、毎日たくさんの人が通って変化のある写真が撮れます。けれど、俺の店は変わってないぜ、みたいな。

秋田でやってみたら見事にかわりばえのない風景で、自動車や通学途中の高校生、白鳥やトンビ、飛行機雲くらいしか絵面に登場しなかったけれど、それがとても気におったわけであります。


変わらないものがあるんだ、変わらなくてもいいものがあるんだ、変化のスピードは緩やかであっていいんだ、ってことを撮りたかったのかもなんて思うわけであります。まー、後付ならなんぼでも理由付けられるね。


終了させるつもりでしたが、今まで以上につらつらと、好き勝手に、誰に見てもらうでもなく、頭の中にあることを文章にして自分自身と向きあうというカウンセリング行為として、ブログを再開しようと思ったのであります。

嬉しいことも楽しいことも、苦しいことも悲しいことも、全部書く。

2011年5月25日水曜日

定点観測

2007年11月29日からそれなりに続けてきた本ブログでありますが、東京での再就職することになり、引越しをするということで、秋田での定点観測も今日で終わりにしようと思います。

転職活動だったり、大好きだった祖父が亡くなったり、更新が滞りがちではありましたが、ささやかな想いを吐き出す場としてブログは自己カウンセリングしているようなそんな気持ちでした。

秋田の景色はそれはそれはとても美しく、大学進学まで過ごした18年間では気づけなかったことが本当にたくさんあったんだと実感する毎日でありました。この美しい風景が僕が生きている間、この血が未来に向かって繋がっていくうちは、ずっと美しい景色であって欲しいと心から願います。


3月11日の震災以後、特に大きな被害のなかった秋田であるのに“がんばろう東北”みたいなので一括りになっております。インフラが壊滅的打撃を受けていた間は秋田を経由して被災地に向かうなど、無事であるがゆえの強みを活かした活動ができておったのですが、各市町村ごとでの被災地支援は続いているもののあれ?秋田って何やってるんだっけ?みたいな状況であります。

東北という言葉で括られていることへの違和感をずっと感じています。中央の視線はそんなもんなのだろうなと感じています。歴史的に東北が背負ってきた負みたいなものを感じています。

確かに賃金水準やモノの豊富さという意味では大変苦しいことは間違いないですが、田畑を耕し、一生懸命に仕事をし、子供を育て、親の面倒を見、そうした至極当然のような幸せはずっと続いていたわけでして、貧困はあるかもしれないけれど貧しいとは思っていない。


そんな生活を東京でもできたらと思っています。心豊かに。

2011年4月10日日曜日

何をよりどころとするか

3月11日の東日本大震災からあっという間に一ヶ月がたつものの、まったく頭の中の整理がついていません。この先、どうなっちゃうんだろうっていう不安が先行していて、心の拠り所みたいなものをずっと探しています。家族、友人/知人、同僚、恋人、なにか話ができる人は周りに沢山いて言葉を交わすものの、それが自分の頭の中を言葉にしきれているか。すっきりしない感じが続いています。もどかしいなぁ。


4月8日にはまた大きな地震があって、私が住んでいる秋田県湯沢市では震度5弱。翌日まで12時間くらい停電となりました。仕事は復電まで自宅待機。本棚から落ちてしまった本を片付けながら、一冊の本をちらほら読み返したりした。



ノーベル物理学賞を受賞したルイス・アルヴァレスと地質学者のウォルター・アルヴァレスの父子が恐竜絶滅説に挑んだ内容、その仮説とその周辺で起こる激しい論争についての本。

詳細は読んでいただくか、松岡正剛さんの千夜千冊でのレビューを参考にしていただいて、この本に書かれているようなことが今後起きてゆくのだろうなと思ったのでした。


生物が大絶滅するという話ではなくて、アルヴァレス親子が投げかけた提案のあと脊椎動物古生物学、古微生物学、進化生物学、天文学、希金属化学、磁気学、統計学、地質年代学などなどなど。とにかく色んな議論が巻き起こるんです。結果、ほんとうに様々な分野での研究が進んで、新しい学問や視点が提出される。


大震災を受けて、これから本当にたくさんの議論が巻き起こるだろうと思います。災害対策、津波対策、建築、都市計画、都市機能の分散、農業、土壌改善、漁業、原発、代替エネルギー、経済のあり方、会社の在り方、政治や地方分権、ライフスタイルの見直し、価値観とかね。

そうした議論に僕らは無関心ではいられないし、むしろ積極的に関わっていかなくちゃいけないだろうと思っていて、たくさんの予備知識を身につけていかなくちゃいけない。自分で調べて勉強して自分の言葉で語る力が一層求められる。


世の中の複雑さに目を背けて無知でいることに安住しすぎたとい自分なりの反省もありまして、これから自分は何を軸に据えて勉強していこうかと思案しているところです。軸は一つじゃなくて複数が望ましい。

とりあえず、もっと東北地方と呼ばれる生活圏のことを知っておきたいと思っています。

2011年4月5日火曜日

どういう覚悟をするか

新しい年度も始まりましたが、私はというとPTSDなんじゃねーか?ってくらいに地震のニュースを見ては涙ぐみ、思いがけず混乱し、洋上で救助された犬と飼い主の再会場面を見ては号泣しています、はい。涙腺ゆるくなった。

どう足掻いてもしかたないので、一所懸命はたらいて、義援金を拠出するくらいしかないなー。


地震が起きてから帰宅難民となりかけた私を保護してくれた友人宅で福島第一原発の様子を見守りながらぼーっとナウシカのことを思い出してました。原作版の方。

私はもともとモノゴトを深刻に考えてしまうタチで、福島第一原発のおかげで自分や自分の子は祖父母のように長生きできないのかもしれない、うちの田んぼや畑ももう何も作れなくなってしまうのかも知れない、とかそういう事ばっか考えてしまった。

最後の最後にナウシカがしたような覚悟をしなきゃいけないんだな!とか勝手に思ったのでした。どんな未来があろうともここで生きる、みたいな。