金曜日、吉祥寺の「キチム」というカフェで催されたwater water camelのワンマンライブを見に行ってきました。150人くらいいたらしいです。立ち見の方々も多数。
仕事が終わらず30分ほど遅刻しちゃったんですけど、それでも約90分、とっても素敵な時間を過ごしてきましたよ。歌声と演奏はとても胸を打つし、会場にきてるお客さん達もいい顔してたし、それはそれはとってもいい時間でしたよ。
なんとなくモヤモヤしていた気持ちも少しは良くなりましたよ。4月のタイミングで異動して、役割がちょこっと変わって、期待されている“役回り”をこなすためにいったいどうすりゃいいんだよ、とか相当悩んでたんですけど(いまも悩んでいる)、やれないことは努力してできるようになるしかないし、できることをきちっとやっていく、っていう当たり前のことをやるしかないんだと改めて思い直した次第であります。
何か、沢山の問題がいっぺんに解決するような方法は無いものか?と考えすぎて、奇策みたいなものばかり考えていたのではないか。反省は以上。
昔はですね、本を読んだり音楽聞いたりして、この人達はどういう経験や訓練を積み立ててこんな言葉を吐き出すに至ったんだろう、とか感心することが多かったんですけども、よくよく考えたら自分も妙齢になってきたわけだから、作家や音楽家でもないですけども、自分なりにこの身に連打しきてきたものをちょっとずつ普段の生活の中で漏らしてみようかしらと思ったのであります。
2013年4月21日日曜日
2013年3月24日日曜日
福島に行ってきました
3月16日・17日と福島に行ってきました。奥さんのお母さんのご実家が福島県伊達市にありまして、入院中のおじいちゃんのお見舞いと東日本大震災で津波被害のあった海岸沿いに行ってきました。被災地域への初訪問であります。
朝9時頃に新幹線で東京を出発し、昼前には福島到着。お義母さんの妹さん夫婦の車に乗せてもらって、海岸線の方へ。宮城県山元町から南相馬にかけて南下し、飯舘村を通り抜けてきました。
奥さんは東日本大震災があった当時、新聞社に勤めていたこともあって、取材に訪れたことがあった土地で、瓦礫やなんやらがだいぶ片付いた、と言っておりましたけども、草が伸ていてかつてそこにあった家々の基礎も見えず、ただただ何も無い広い土地が見えるだけであって、瓦礫だとか壊れた自動車や船があったほうがまだ、ここに建物があって人が営んでいたのだ、と実感できたかもしれないと思ったのであります。
うまく言葉にできないとても複雑な気持ちとどう付き合っていくのがよろしいのか、色々と考えさせられたのであります。複雑すぎて認知も対策もできないです。
伊達市に帰る道の途中で飯舘村を通り抜けたのですけども、パトロールの方々以外の人を見かけず、(本当に申し訳ないと思いながらも)人の気配がないということはとても不安な気持ちにさせるのだなと感じたのであります。
人くらいの山を超えて伊達市に入り、家に灯る明かりを見た時の安心感は、忘れちゃいけない感覚だと思ったのであります。また、福島に遊びに行きます。
朝9時頃に新幹線で東京を出発し、昼前には福島到着。お義母さんの妹さん夫婦の車に乗せてもらって、海岸線の方へ。宮城県山元町から南相馬にかけて南下し、飯舘村を通り抜けてきました。
奥さんは東日本大震災があった当時、新聞社に勤めていたこともあって、取材に訪れたことがあった土地で、瓦礫やなんやらがだいぶ片付いた、と言っておりましたけども、草が伸ていてかつてそこにあった家々の基礎も見えず、ただただ何も無い広い土地が見えるだけであって、瓦礫だとか壊れた自動車や船があったほうがまだ、ここに建物があって人が営んでいたのだ、と実感できたかもしれないと思ったのであります。
うまく言葉にできないとても複雑な気持ちとどう付き合っていくのがよろしいのか、色々と考えさせられたのであります。複雑すぎて認知も対策もできないです。
伊達市に帰る道の途中で飯舘村を通り抜けたのですけども、パトロールの方々以外の人を見かけず、(本当に申し訳ないと思いながらも)人の気配がないということはとても不安な気持ちにさせるのだなと感じたのであります。
人くらいの山を超えて伊達市に入り、家に灯る明かりを見た時の安心感は、忘れちゃいけない感覚だと思ったのであります。また、福島に遊びに行きます。
2013年2月14日木曜日
どこから来たのか
もともと本を読むことは好きだし、大学にまで入ってよりによって史学専攻するくらいは歴史というものに興味があって、本を読んでいたんですけれども、
2年前の東日本大震災の頃の、色々と考えこんでしまっていた時に、たまたまtwitterで見かけたゴーギャンの「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこにいくのか」という絵画のタイトルにはっとするところがありまして、
今後はそういう視点でもって、読書体験を積み重ねていきたいなぁと思った次第です。そして本を読むたびに、知らないことが沢山あることに気づくし、知ることに楽しさやうれしさを感じるので、きっとこの方向性は間違っていないのだと思います。
毎日2時間くらい読書の時間を確保できたらいいなぁ。
2年前の東日本大震災の頃の、色々と考えこんでしまっていた時に、たまたまtwitterで見かけたゴーギャンの「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこにいくのか」という絵画のタイトルにはっとするところがありまして、
今後はそういう視点でもって、読書体験を積み重ねていきたいなぁと思った次第です。そして本を読むたびに、知らないことが沢山あることに気づくし、知ることに楽しさやうれしさを感じるので、きっとこの方向性は間違っていないのだと思います。
毎日2時間くらい読書の時間を確保できたらいいなぁ。
2013年2月10日日曜日
読書:西木正明「ガモウ戦記」
楽しい小説読みたいなー、と思ってたところ本屋さんで西木正明さんの作品を見かけました。「ガモウ戦記」であります。
〜amazonの製品紹介より〜
内容説明 紙芝居の慰問で赴いた南方から、命からがら引き上げてきた蒲生太郎。帰ってみれば東京の生家は丸焼で、家族も全滅。傷心の太郎は戦地で世話になった軍医・金木令吉を頼り、秋田の山奥、仙北郡神代村へとやってきた。そこで出会った戦争未亡人の敏子と深い仲になり、村で暮らしてゆく決意をする。
ガモってのは、秋田の方言で男性器のことで、蒲生太郎さんはガモタロウさんとしてあっという間に村に溶け込むわけです。下ネタっていつでもどこでも大事なんだよ。
物語の舞台が秋田とあって、登場人物が話す秋田弁が心地よいし、ちらっと見えるイナカの貧しさや苦しさとか共感できるし、ちょこっと登場する戦中・戦後の有名人物(ウィロビーだとかウィスリー大山、ミステリアス・マヌエラこと和田妙子さんとか)の名前に知的触覚が反応するし、楽しく読める作品でありました。
内館牧子さんが文庫版のあとがきで
「『これはいつの物語なのか』と混乱した。昭和二十二年九月から秋田で始まる物語なのだが、平成二十四年の秋田県人と資質が変わっていない」
と書いてらっしゃるのですけれども、確かに!と頷いてしまう反面、
私は自分が生まれた昭和五十五年以前の秋田の空気を全くもって想像できず、渡辺京二さんが逝きし世の面影の中でおっしゃっていた「文明は滅びる。文化は残る。」みたいな言葉を思い出し、「古き良き時代」はとっくに滅んでしまったのだろうなと思うのであります。何とかして今からでもいいのでその時代を生きてきた人たちからの証言を集められないだろうか。
地元の同級生とお酒を飲むと昔話が多くて、それがまた楽しくて、すでに自分たちの世代で確固たる「古き良き時代」ができあがっていることを実感します。
それはそれでとても良いことだなぁと感じているのでありますが、惜しむらくは、私は実家を離れて暮らしている時間も長くて、故郷の古き良き時代作りに参画していないのだ、と思われることであります。そんなものは背負って生きていくしかないですけれども、たまーに、寂しくなります。
〜amazonの製品紹介より〜
内容説明 紙芝居の慰問で赴いた南方から、命からがら引き上げてきた蒲生太郎。帰ってみれば東京の生家は丸焼で、家族も全滅。傷心の太郎は戦地で世話になった軍医・金木令吉を頼り、秋田の山奥、仙北郡神代村へとやってきた。そこで出会った戦争未亡人の敏子と深い仲になり、村で暮らしてゆく決意をする。
ガモってのは、秋田の方言で男性器のことで、蒲生太郎さんはガモタロウさんとしてあっという間に村に溶け込むわけです。下ネタっていつでもどこでも大事なんだよ。
物語の舞台が秋田とあって、登場人物が話す秋田弁が心地よいし、ちらっと見えるイナカの貧しさや苦しさとか共感できるし、ちょこっと登場する戦中・戦後の有名人物(ウィロビーだとかウィスリー大山、ミステリアス・マヌエラこと和田妙子さんとか)の名前に知的触覚が反応するし、楽しく読める作品でありました。
内館牧子さんが文庫版のあとがきで
「『これはいつの物語なのか』と混乱した。昭和二十二年九月から秋田で始まる物語なのだが、平成二十四年の秋田県人と資質が変わっていない」
と書いてらっしゃるのですけれども、確かに!と頷いてしまう反面、
私は自分が生まれた昭和五十五年以前の秋田の空気を全くもって想像できず、渡辺京二さんが逝きし世の面影の中でおっしゃっていた「文明は滅びる。文化は残る。」みたいな言葉を思い出し、「古き良き時代」はとっくに滅んでしまったのだろうなと思うのであります。何とかして今からでもいいのでその時代を生きてきた人たちからの証言を集められないだろうか。
地元の同級生とお酒を飲むと昔話が多くて、それがまた楽しくて、すでに自分たちの世代で確固たる「古き良き時代」ができあがっていることを実感します。
それはそれでとても良いことだなぁと感じているのでありますが、惜しむらくは、私は実家を離れて暮らしている時間も長くて、故郷の古き良き時代作りに参画していないのだ、と思われることであります。そんなものは背負って生きていくしかないですけれども、たまーに、寂しくなります。
2013年2月5日火曜日
雑感:ゼノフォビアについて
最近知り合った若い子が自ら表明するくらい、やたらと中国やら韓国のことに敏感に反応して、かつ、嫌悪する言葉を積極的に吐くので、おぉぉぉ、と思っております。
人それぞれ思うことや考えることは違いますし、それで良かろうと思うのではありますが、ネットとかで散見される大陸の方に対するゼノフォビアの淵源は、かつて戦乱を逃れて大陸から日本に流れ着いた人々の遺伝子の記憶みたいなもんじゃないかと夢想したのであります。
銅鐸と一緒に出土するような銅剣やら銅矛は、本来は鋭いはずの切っ先が丸みを帯びており、人を殺める能力を十分に有しておらず、もっぱら祭祀用として使われいたらしい、というのを日本史の資料かなんかで読んだのですけれども、
それは、戦で使うのが嫌になっちゃった人たちが意図的に使い方を変えたのではないか、と夢想するのであります。
穏やかにやりましょうぜ。
人それぞれ思うことや考えることは違いますし、それで良かろうと思うのではありますが、ネットとかで散見される大陸の方に対するゼノフォビアの淵源は、かつて戦乱を逃れて大陸から日本に流れ着いた人々の遺伝子の記憶みたいなもんじゃないかと夢想したのであります。
銅鐸と一緒に出土するような銅剣やら銅矛は、本来は鋭いはずの切っ先が丸みを帯びており、人を殺める能力を十分に有しておらず、もっぱら祭祀用として使われいたらしい、というのを日本史の資料かなんかで読んだのですけれども、
それは、戦で使うのが嫌になっちゃった人たちが意図的に使い方を変えたのではないか、と夢想するのであります。
穏やかにやりましょうぜ。
2013年1月6日日曜日
龍口明神社にお礼参りしてきました
昨日、北鎌倉の自宅から大船まで歩き、さらに湘南モノレールにそって江ノ島まで歩いて散歩してきました。少し寒かったですけれど、鎌倉山とか片瀬山とか、なかなかのアップダウンがありまして少し汗ばむくらいでした。
途中、西鎌倉にある龍口明神社というところにお参りしてきたんですけれども、ここはちょっと思い入れのある神社でして、やっとお礼参りができました。何年か前にも一度お伺いしたことがありますの。
ここの祭神の五頭龍は江ノ島の弁天様と夫婦なのだけれども、離れ離れに祀られていて、60年に一度しか会わせてもらえず、遠距離恋愛をしていた私は恐れ多くもご祭神様に自分を重ね合わせて、いつかようこちゃんと一緒になれますように、と願掛けをしたことがあったのでした。
http://gozuryu.com/index.php
霊験あってか、昨年はようこちゃんと結婚できたし、これは五頭龍様にお礼しにいかねばと思っていたのでありました。
龍口明神社にお参りしたあとはそのまま江ノ島の手前まで歩いたところで見えた夕日がそれはそれは見事で、今度は江ノ島にもお礼参りに行かなくちゃなー、と思ったのでありました。
2013年1月5日土曜日
あけましておめでとうございます
あけましておめでとうございます。振り返ると昨年は激動でありました。結婚することが決まって、引越し、入籍、同居、結婚しました。
結婚式では沢山の方々からお祝いのお言葉をもらって、家族、友人、仕事での同僚に助けてもらって生きてこられたのだなぁ、と実感した次第であります。改めてありがたくて運がよかったのだと。
今年の目標を、と年末年始考えたのですけれども、パッと浮かんでこなくてうんうんと考えこんでしまったのであります。なんとなく、あれやってみたいこれやってみたい、ってのはあるんだけど、全力で行動するほどのモチベーションも湧かず。
「今年はこれをやるぞい!」みたいなのが浮かんでこないことは、とても由々しき事態なんじゃないかと焦ったりもしたのですけども、まー、ゆっくり考えることにしたいなと思います。
せっかく鎌倉に住んでいるわけですから、鎌倉での生活を記録しておきたいなー、と思ってますのでもうちょっとこまめにブログを更新したいと思います。
写真は初詣で参った地元秋田の八面神社。色々とおねがいごとをしてきました。健やかに過ごせますように。
結婚式では沢山の方々からお祝いのお言葉をもらって、家族、友人、仕事での同僚に助けてもらって生きてこられたのだなぁ、と実感した次第であります。改めてありがたくて運がよかったのだと。
今年の目標を、と年末年始考えたのですけれども、パッと浮かんでこなくてうんうんと考えこんでしまったのであります。なんとなく、あれやってみたいこれやってみたい、ってのはあるんだけど、全力で行動するほどのモチベーションも湧かず。
「今年はこれをやるぞい!」みたいなのが浮かんでこないことは、とても由々しき事態なんじゃないかと焦ったりもしたのですけども、まー、ゆっくり考えることにしたいなと思います。
せっかく鎌倉に住んでいるわけですから、鎌倉での生活を記録しておきたいなー、と思ってますのでもうちょっとこまめにブログを更新したいと思います。
写真は初詣で参った地元秋田の八面神社。色々とおねがいごとをしてきました。健やかに過ごせますように。
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