もう4月だというのにうちの周りにはまだまだたくさんの雪が残っていて、今年の田植えは遅くなるだろうと思います。短い育成期間できちんと育ってくれるかは夏の天候次第。最近は本当に異常だと思える気候続きでしてせめて今年はと願わずにはいられないです。
最近、休日はどうも眠くてしかたがなくて、すぐ昼寝してしまうし、そのまま夜まで寝てしまう。今日は昼寝したときの夢に福島原発のことが出てきて、大震災のストレスなのか、感じた何かが僕の心に蓄積されていることは確かだな、と感じたのであります。疲れているだけかも知れないけど。
昨日の土曜日は、月に一回くらいある土曜日出勤の日でして、・・・・・・・って、それ、今話すこと・・・・・?みたいな会議と、我が上司による“俺のキャパオーバしてるんだよっ!”というまさかのご自身の限界宣言と逆ギレにより心から疲れたのであります。相撲見てみろ、自分の限界を宣言するのは引退するときだけだろーが。こだまでしょうか、いいえ、絶望です。
今度から愚痴のことをこだまと言うことにする。
そんな土曜日の帰り道に買った、あらゐけいいちの“日常”というマンガがすばらしくくだらなくて、笑えて、安心したのでありました。表紙が全然日常じゃねぇw
さて、ささやかな僕の日常はこれからもずっと続いていくわけでありますが、今日読んだ、井上ひさしさんの「日本語教室」という本にそうだよな、と思うことがあったので以下にちょっとだけ引用します。
何か大きな運命が迫ってきそうなんだけど、出口はない。ここでとにかく生きていかなければならない。そういう状況を僕は「ギリシア悲劇的宙づり状態」と言っているのですが、そういう状況を小さな笑いが壊してしまうことが実際にあります。
「いや、なんとか行けるよ、命まではとられないさ」というふうに、「笑い」は希望を持つ方向に人の気持を変える働きをします。(講談社新書 井上ひさし 「日本語教室」P151より引用)
つい身の回りのことと東北関東大震災のこを結びつけた思考をしてしまいがちで、とてつもなく大きな力で命までとられてしまったのだから、なんとかいけるよ、なんてとても言えない気もするけれど、小さな笑いと希望を見つけていくしかないのだよなぁと思ったのであります。
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