2011年4月10日日曜日

何をよりどころとするか

3月11日の東日本大震災からあっという間に一ヶ月がたつものの、まったく頭の中の整理がついていません。この先、どうなっちゃうんだろうっていう不安が先行していて、心の拠り所みたいなものをずっと探しています。家族、友人/知人、同僚、恋人、なにか話ができる人は周りに沢山いて言葉を交わすものの、それが自分の頭の中を言葉にしきれているか。すっきりしない感じが続いています。もどかしいなぁ。


4月8日にはまた大きな地震があって、私が住んでいる秋田県湯沢市では震度5弱。翌日まで12時間くらい停電となりました。仕事は復電まで自宅待機。本棚から落ちてしまった本を片付けながら、一冊の本をちらほら読み返したりした。



ノーベル物理学賞を受賞したルイス・アルヴァレスと地質学者のウォルター・アルヴァレスの父子が恐竜絶滅説に挑んだ内容、その仮説とその周辺で起こる激しい論争についての本。

詳細は読んでいただくか、松岡正剛さんの千夜千冊でのレビューを参考にしていただいて、この本に書かれているようなことが今後起きてゆくのだろうなと思ったのでした。


生物が大絶滅するという話ではなくて、アルヴァレス親子が投げかけた提案のあと脊椎動物古生物学、古微生物学、進化生物学、天文学、希金属化学、磁気学、統計学、地質年代学などなどなど。とにかく色んな議論が巻き起こるんです。結果、ほんとうに様々な分野での研究が進んで、新しい学問や視点が提出される。


大震災を受けて、これから本当にたくさんの議論が巻き起こるだろうと思います。災害対策、津波対策、建築、都市計画、都市機能の分散、農業、土壌改善、漁業、原発、代替エネルギー、経済のあり方、会社の在り方、政治や地方分権、ライフスタイルの見直し、価値観とかね。

そうした議論に僕らは無関心ではいられないし、むしろ積極的に関わっていかなくちゃいけないだろうと思っていて、たくさんの予備知識を身につけていかなくちゃいけない。自分で調べて勉強して自分の言葉で語る力が一層求められる。


世の中の複雑さに目を背けて無知でいることに安住しすぎたとい自分なりの反省もありまして、これから自分は何を軸に据えて勉強していこうかと思案しているところです。軸は一つじゃなくて複数が望ましい。

とりあえず、もっと東北地方と呼ばれる生活圏のことを知っておきたいと思っています。

2011年4月5日火曜日

どういう覚悟をするか

新しい年度も始まりましたが、私はというとPTSDなんじゃねーか?ってくらいに地震のニュースを見ては涙ぐみ、思いがけず混乱し、洋上で救助された犬と飼い主の再会場面を見ては号泣しています、はい。涙腺ゆるくなった。

どう足掻いてもしかたないので、一所懸命はたらいて、義援金を拠出するくらいしかないなー。


地震が起きてから帰宅難民となりかけた私を保護してくれた友人宅で福島第一原発の様子を見守りながらぼーっとナウシカのことを思い出してました。原作版の方。

私はもともとモノゴトを深刻に考えてしまうタチで、福島第一原発のおかげで自分や自分の子は祖父母のように長生きできないのかもしれない、うちの田んぼや畑ももう何も作れなくなってしまうのかも知れない、とかそういう事ばっか考えてしまった。

最後の最後にナウシカがしたような覚悟をしなきゃいけないんだな!とか勝手に思ったのでした。どんな未来があろうともここで生きる、みたいな。


2011年3月27日日曜日

小さな笑い

もう4月だというのにうちの周りにはまだまだたくさんの雪が残っていて、今年の田植えは遅くなるだろうと思います。短い育成期間できちんと育ってくれるかは夏の天候次第。最近は本当に異常だと思える気候続きでしてせめて今年はと願わずにはいられないです。


最近、休日はどうも眠くてしかたがなくて、すぐ昼寝してしまうし、そのまま夜まで寝てしまう。今日は昼寝したときの夢に福島原発のことが出てきて、大震災のストレスなのか、感じた何かが僕の心に蓄積されていることは確かだな、と感じたのであります。疲れているだけかも知れないけど。


昨日の土曜日は、月に一回くらいある土曜日出勤の日でして、・・・・・・・って、それ、今話すこと・・・・・?みたいな会議と、我が上司による“俺のキャパオーバしてるんだよっ!”というまさかのご自身の限界宣言と逆ギレにより心から疲れたのであります。相撲見てみろ、自分の限界を宣言するのは引退するときだけだろーが。こだまでしょうか、いいえ、絶望です。

今度から愚痴のことをこだまと言うことにする。


そんな土曜日の帰り道に買った、あらゐけいいちの“日常”というマンガがすばらしくくだらなくて、笑えて、安心したのでありました。表紙が全然日常じゃねぇw




さて、ささやかな僕の日常はこれからもずっと続いていくわけでありますが、今日読んだ、井上ひさしさんの「日本語教室」という本にそうだよな、と思うことがあったので以下にちょっとだけ引用します。


 何か大きな運命が迫ってきそうなんだけど、出口はない。ここでとにかく生きていかなければならない。そういう状況を僕は「ギリシア悲劇的宙づり状態」と言っているのですが、そういう状況を小さな笑いが壊してしまうことが実際にあります。
「いや、なんとか行けるよ、命まではとられないさ」というふうに、「笑い」は希望を持つ方向に人の気持を変える働きをします。(講談社新書 井上ひさし 「日本語教室」P151より引用)


つい身の回りのことと東北関東大震災のこを結びつけた思考をしてしまいがちで、とてつもなく大きな力で命までとられてしまったのだから、なんとかいけるよ、なんてとても言えない気もするけれど、小さな笑いと希望を見つけていくしかないのだよなぁと思ったのであります。

2011年3月21日月曜日

地震がおきてから

東日本大震災が起こった3月11日(金)、自分は東京は虎ノ門にあるビルにまさに入ろうとしてた時でして、階段で11階まであがって会議室に入ったものの、しばらく揺れは続き、なんどか会議室のテーブルの下にもぐったりしました。

2006年に完成したというビルは免震構造になっておりまして、揺れはするものの身の安全という意味では確保されておりました。


交通機関の麻痺でその後の予定は全てキャンセル。幸いなことに以前勤めていた会社の友人宅にお邪魔させていただくことになりまして、日曜日には無事に秋田に帰ることができたわけです。


それから10日ほど経ちまして、やれることをやるだけだと自分に言い聞かせながら、ガソリン不足で機動力は削がれてしまったけれど、普段通りに会社に行って仕事して、援助物資を供出したり、義援金を寄付したり。なんとか必死でまわすしかない。


微々たるものであっても、やれることをやっておかないと、この先の一生で後悔するんじゃないか?という恐怖心みたいなのがありまして、20代の半ばころから僕は、後悔しない、っていうのを行動原理としてきたのだから、この局面においても同じである。

つっても手持ちの牌を見ると打てる手はほとんどよわっちぃものなので、モノかカネとオモイをアウトプットするくらいなわけであります。


僕はこの先の人生において、東北の復興に捧げるといったら大げさだけれど、東北の被災された地域のこと、人々のことを絶対に忘れない。どこにいてもできることをやります。そういう気持ちで行くことを決めたのであります。

2011年3月7日月曜日

それぞれの局地戦を戦うということ

豊かなアウトプットは膨大なインプットから!ということで今年も引き続き本を読んでいます。1ヶ月くらいかけてじっくり時間をかけて一冊を読み終えたり、土曜日の午後に最後まで一気に読み終えたり、関連する本を数冊横断的に同時並行で読んだり。

の中小企業はどう生き抜いていくか?みたいなことを考えてたときに読んでたのがこちら。





弱者と強者にはそれぞれとりうる戦略のセオリーがある。弱者は差別化戦略を選択し、局地戦、接近戦、一騎打ち、夜討ちに持ち込む。ゲリラ戦みたいなイメージか。こちらのサイトが分かりやすくてくわしいです。

それを仕事でどう活かすかはまず置いて、

「局地戦」という言葉が気に入った。戦争だとかビジネスだけじゃなく、そもそも人生において人はそれぞれの局地戦を戦ってるようなもんじゃないかと思えてきた。勝てるところで戦う、負けちゃいけない一点を死守する。


ならば局地戦で戦いきれる力を身につけたほうがいいなと思ったしだい

ブログを移転しました

特に理由はないのだけれど、ブログ引越ししました。つっても内容もそのままインポートしたし、ブログサービスもbloggerのまま。もうちょっとこまめに更新していくつもり。


いままで通り気楽にゆるくやるつもりです。

2011年2月20日日曜日

大雪でして


2011年1月は僕が生まれてから初めて!というくらいの大雪が続きまして、普段本ブログ用の写真を撮っている場所からの景色が雪かきしたあとの雪に遮られまして、写真をとったら雪の壁、みたいな感じになっております。

だもんでしばらく定点観測用の写真はお休みをしています。


2月に入って、1ヶ月前の雪はなんだったのだろうか?というくらい落ち着いておりまして、一気に雪が融けはじめています。きっと冬の間に降るはずだった雪が1ヶ月にまとめて降ったのだろうね。

かまくらとか秋田の冬の小正月行事もひと通り終わって、このまま春になるのを待つだけだろうというところであります。


今年の目標にしておりました転職活動については引き続きがんばっています。今年中には絶対に帰る。